sugadairo.com『スガダイローの肖像』

『ジャズ批評』連載「新しい才能を求める旅」(2005年10月号)
■既に「スガ塾」的な様相
 9月のある日、荻窪の青梅街道沿いにある「ヴェルヴェット・サン」というライブハウスに出かけた。今回のお目当てはピアニスト、スガダイロー。 昨年発売され、この連載でも取り上げた日本人ジャズアーティストのコンピレーションアルバム『BOYCOTT RHYTHM MACHINE』。大型輸入CDショップで、 ジャズのコンピレーションとしては異例の売り上げを記録した作品である(来年初頭には、早くも第2弾が登場予定!)。新宿ピットインで録音された、 渋さ知らズの「THEME OF INUHIME」にフィーチャーされていた彼のパフォーマンスを目の当たりにした、そのアルバムの企画者、清宮氏から噂には聞いていた。 「若いですが、とにかく聴いてみてください。すごいですよ。昼ピットに今度出演するので、一緒に行きましょう」。7月のアスファルトも溶けそうな午後、 昼のピットインで一度サイドメントしての彼のパフォーマンスを体験し、大器の片鱗を感じ取ることができた。それから約2カ月後、自身のバンドを引き連れて 出演するというので、ヴェルヴェット・サンに足を運んだのだ。
 「リアルブルー」というのが彼のバンドの名前だ。アルトサックス、トランペット、ドラムス、2人のベース、それにスガのピアノという編成。31歳になるスガが 大学やセッション仲間の後輩を集め、演奏するのはフリージャズ。演奏を開始する前にスガが曲のタイトルを客席に向かって言う。「一曲目は『ボサノヴァ』です」とか 「次は『ミディアム・スウィング』です」など。後で聞いた話では、曲名に意味がある訳でもなく、またあらかじめ決まったテーマもないのだという。曲のタイトルから 連想されるイメージを各メンバーが、ぶっつけ本番で演奏していくのだ。 テーマを誰が作るのか、どの順番でソロをまわしていくか、といったシンプ極まりない] 約束事だけを演奏直前に、スガがメンバーに指図する。スガがピアノで最初にテーマを弾くこともあれば、サックスがいきなりタイトルからイメージしたテーマを 吹き(吹かされる?)、全員がそれに追随していく曲もある。スガが演奏開始時にタイトル名を発したのは、客席に向かってだけではないのだ。そこにいるメンバーに、 これから演奏するキーワードを投げかけてもいるのだ。この緊張感。キーワードを与えられ、わずか数秒後には反応しなければいけないという、ミュージシャンにとっては 修行に近い行為をステージで繰り返しているのだ。お題を与えられて即座に小咄を作り出さねばならない落語家のように、吹いてくる風の向きや波よって舵を即座に 切らねばならぬ漁師のように、目の前にあるものに瞬時に反応し、経験にオリジナリティをプラスして突き進んでいく。そんなわけで、演奏そのものも非常にスリリング、 一瞬たりともだれることなく、楽器を鳴らしている。「メンバーには一緒に演奏している他のプレーヤーの音を聴くなといっているんです。他人のプレイに合わせるな、と」。 しかし、バラバラに演奏しているようで、不思議な統一感がある。全員が常に躁状態で、バン
ド全体のサウンドが大きな塊となって、会場中を動き回っているようなイメージ。 痙攣し、浮き足立ち、テンションが常に高いレベルでキープされている。
「自由に演ることの責任、自分のプレイに責任を持とうと各プレーヤーに指示しています」。そんな言葉を聞くと既にフリージャズの「スガ塾」的な様相も呈しているのだから面白い。

■ロックよりもワルいフリージャズ
 スガのピアノは非常に扇情的だ。鍵盤の上を駆けるように動く指先。圧倒的な早弾きなのだが、一音一音が明瞭に聞こえてくる。鍵盤の奥の方を、指先を立てながら、 高速で押さえていく姿を観ていると肘に相当な負担が掛かっているのではと心配もしたくなる。ところが「好きな音を出しているから、全く身体には負担なってない」というのだから、 こちらもじゃあ、もっともっと弾いてくれ、という気持ちにもなってくる。メーターが振り切れるまで鍵盤を叩いてほしい。
 そんなスガがピアノを始めたのは小学校4年生のとき。バッハばかり弾いていたそうだ。グレン・グールドの例を出すまでもなく、バッハは解釈によって様々に演奏される。そんな中でも、 高校生のとき出会ったMJQのジョン・ルイスが弾くバッハが、スガに衝撃を与えた。クラシックばかり聴いていた耳にはそれが、とても「ワルい音楽」のように聴こえたというのだ。 「同級生が聴いていたロックよりジャズの方が、とてつもなくワルいもののように感じたんです」。そこから、もっとワルいもの、ジャズの深い部分へ到達するのに時間はかからなかった。 セシル・テーラー、山下洋輔を愛聴し、さらにはバークリーへ3年留学し、研鑽を積んだ。帰国後は大沼志朗、不破大輔、渋さ知らズ、さらには鈴木勲といった大御所とのセッションを繰り返している。
 さて、自身のバンド、「リアルブルー」のコンセプトはもっと高いところにあるらしい。「ピアノのプレイよりも、バンドとしてのコンセプトを作り上げたい。矛盾しているようなことを追求したいですね。 フリージャズなのに聴きやすい、とか、早い旋律を弾いているのだけれど、全体として鈍く聴こえるとか」。また「メンバーも固定せず、参加するメンバーによって演奏の印象が変わってもいい」。 彼の目指すものは「人のやらない音楽」であり「音楽の領域を拡げていく」ことであるという。ここまでくれば、いままで使用してきた「フリージャズ」という言葉が表現として、いかに虚しいものかよくわかる。 彼は「音楽そのもの」を演奏しようと、自身を律しているのだ。「リアルブルー」で演奏するたび最も修行を積んでいるのは他でもない、リーダーである彼自身かも知れない。
(中林 直樹)
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